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災害時の コミュニケーション

災害時の コミュニケーション

福島中央テレビ

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福島第一原子力発電所の異常が日本中そして世界中に知れ渡ったのは、2011年3月の津波翌日のニュース速報で衝撃的なビデオ映像が流れた瞬間であった。福島中央テレビが捉え、4分後に放送したその映像は、福島原発から吹き上がる濃い白色の雲だった。これは、後に原子炉1号機の爆発によるものと判明する。だがそのときは、ニュースキャスターの緊迫した声で、それは煙のように見えるが、もしかすると水蒸気の可能性もあると伝えたのみであった。この白煙は、海上を北へ運ばれていくように見えた。

その放送責任者であった福島中央テレビの寺島祐二取締役副社長は、2012年11月に東京で開かれた「海洋放射能汚染に関する国際シンポジウム」で当時のひっ迫した状況を述懐した。寺島は、このシンポジウムにおいて災害時・災害後の情報伝達の取り組みについて議論を交わした日米ジャーナリストパネリストの一人である。

寺島は言う。「地元メディアとしての私たちの役割は、主に身近な出来事、特に災害について、ただちに報道することです。ですが、そのときは私たちも何を撮影したのか把握していませんでした。ただ撮影したままを放映するしかありませんでした」。

もう一人のパネリストであるニューヨークタイムズ紙のマーティン・ファクラー東京支局長も、当時は暗中模索であった。「最初の10日間はそんな状態でした」とファクラーは言う。「政府も東京電力株式会社も何も言ってきません。日本の科学コミュニティからも、ほとんど情報は得られませんでした。私たちが何とか状況を把握しようとしている間に、最初の爆発が起こり、続けて第2、第3の爆発が起こりました」。

ファクラーは、日本国外の科学者たちと話して初めてそれが水素爆発であった可能性が高いことを知り、それがおそらく原子炉の部分的なメルトダウンを意味することを知ったという。「ですが、これを記事にしたところ、「メルトダウン」という言葉を使ったとして日本側から非常に強い批判を受けました。それは驚くほどの強い否定でした」。

福島中央テレビのカメラだけが停電を免れ、爆発の様子を捉えた。そして、その映像は福島中央テレビの放送ネットワークだけに流された。日本政府がすでに原子力緊急事態宣言を発令していたこともあり、混迷と恐怖が広がった。

寺島は言う。「私たちが爆発の様子を放送したことを勇気ある決断だったと言ってくださる方々がいます。私個人の信条ですが、パニックを起こすからといって、このような重大情報の開示をためらい、またそれを正当化することは無責任だと思います」。

このとき多くの日本人がYouTubeにアクセスした。YouTubeには、海外で放送されたニュース番組から取った爆発の動画が多数アップロードされ、さらに効果音が加えられたものまであった。

「この放送の結果、社会は災害の本当の重大さに気づき、大勢の方が避難を決意したのです」と寺島は述べる。そして、当局への疑惑と不信が広がり始めた。

混乱の日々

ネイチャー誌でこの危機を報道したジェフ・ブラムフィール記者は、これとはやや異なる視点を同シンポジウムの参加者に提示した。「私はロンドンにいましたが、あれだけの情報があれだけ迅速に得られたことに驚いていました。東京電力株式会社は、計測されてすぐの放射線量値を事故から24時間以内に提供していましたし、原子炉の状況もリアルタイムで更新していました」。

本当の問題は、情報の欠如ではなく、コミュニケーションの欠如ではなかったか、とブラムフィールは示唆する。両者の違いは、災害の次の段階で明確になっていった。ファクラーは言う。正式な発表がほとんどないまま10日ほど過ぎた頃、「大量の情報が一度に開示されました。政府批判が高まったためだろうと思います。膨大なデータが何の説明もなく次々と公表されました」。

その時点で、健康物理学に詳しい記者がほとんどいないため、メディアは実際のリスクを理解することが非常に難しくなった、とブラムフィールは言う。一方、政府は、測定値に対する恐怖を和らげるため、線量が規定の安全レベルをはるかに超えているにもかかわらず、「大丈夫だ。リスクはない」と言い続けた。

寺島にとっては、パニックを防ごうと政府当局がむなしい試みを重ねていること自体が、恐怖で正常な判断力を失った状態に思えた。実際、このいわゆる「エリートパニック」が、後に広く報道されたSPEEDI(緊急時環境線量情報予測システム)に関する問題を助長した可能性が高い。この高精度コンピュータ予測システムは福島災害のほぼ直後に大気中の放射性物質の拡散予測を開始したが、その情報の初公開は2週間近くも延期された。避難住民は、SPEEDIを含め、どこからも指針が得られず、一部には難を逃れるどころか放射性物質の降下した高濃度汚染地域へ避難してしまった人々もいた。

ファクラーは、ニューヨークタイムズ紙に掲載した記事で、「日本の政治家たちは、当初SPEEDIのシステムについて知らず、その後は、そのデータを過小評価した。避難指示区域を大幅に拡大する必要性が事故の重大性を認めることになるのを恐れたのであろう」と書いた。動機が何であれ、データを伏せれば無防備な市民を危険に陥れる、と評論家は言う。そして、結果的に社会的信用はいっそう低下した。

致命的な決断はほかにもあった。ブラムフィールは、災害後、被災したいくつかの県が地元の米と魚を食べても安全であると宣言したものの、後日それらの食材に汚染が見つかるなど、判断を急ぎすぎた例を指摘した。それよりダメージが大きかったのは、政府が何の説明もなく一見恣意的に学童の安全な被ばくレベルを年間1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに引き上げたことである。

このような当局の失策は、低レベル放射線の影響が依然不明確であることとあいまって日本の社会に不満と怒りを生じさせたが、それは政府に向けられただけでなく、公の場での発言に消極的な日本の科学者たちにも向けられた。

便りが「ある」のはよい便り

メディアも無傷ではいられなかった。パネリストの一人、共同通信社の太田昌克編集委員は、初期に多くのメディア同業者に問題があったことを認めた。それには、大規模災害を取材する準備態勢の欠如、追い詰められた政府を批判したがらない消極的な姿勢、そして必要な専門知識不足から当局発表どおりの報道をする傾向などが含まれる。

必要情報が欠如していた結果、不安を抱えた市民は他の情報源を求め、多くが外国のウェブサイトやニュースサービスを探した。中にはボランティアとして被災地に踏み込んで自ら情報を得ようとする者もいた。

三重大学生物資源学部の勝川俊雄准教授は水産業管理の専門家であり、2011年3月以降の大半を、津波で破壊された村のうち何か所かにおいての 漁業者支援に費やしてきた。しかし、自ら子どもに何を食べさせるべきか悩む親の一人でもある勝川は、放射線が健康に及ぼす影響について独学で学び始め、不安を抱える他の保護者と話し合って、食の安全情報をインターネットで共有することにした。自身のブログとTwitterフィードが多くの人に読まれるようになった結果、彼は消費者団体向けの講演や女性雑誌への寄稿を依頼され、テレビにも出演するようになった。

東京で開かれた「海洋放射能汚染に関する国際シンポジウム」で勝川は言った。「日本の科学者は、不確かな情報を発表することにためらいを感じます。しかし、あの災害の後では、ほぼすべてのことが不確かでした」。最初の2日間で放射性ヨウ素の大半が大気中に放出されたことを考えると、「不確かさが解消されるまで待つ余裕はありませんでした」。

勝川自身が情報を伝える中で学んだのは、大半の人々は完全な情報を要求しているわけではなかったことだという。「慎重な説明がなされていれば、不確かな情報でもよかったのです。人々はそのときわかっていることを知りたがっていたのです」。

残念なことに、情報を伏せて被ばくリスクを過小評価する傾向は、災害後の日本全土に長期的な悪影響を及ぼした、と勝川らは報告する。福島から幅広い報道を行ったニュークリアインテリジェンスウィークリー誌のミゲル・クインタナ特派員は、同シンポジウムで語った。「社会の認識と科学的情報には大きな隔たりがあります。私が話を伺った多くの方々は、公表された情報をまったく信じていません」。

ニューヨークタイムズ紙のファクラーは、これに同意して次のように述べた。「非常に大きな問題がいくつも未解決のままです。まず社会的合意が得られていません。日本の友人たちは太平洋産の海産物を買いません。それは放射能測定値と消費者を安心させようとする言葉を信用していないためです。彼らは、消費者より生産者を優先する官僚体制が、食の安全レベルについて常に消費者をだましてきたと考えています」。

信頼と分断

人々の抱いた不信レベルを考えれば、日本の科学者が懸念を和らげようと何を言っても人々が耳を貸さないのは当然であろう、と外国人参加者の一部は言う。専門家はリスクを過小評価する代わりに、まず人々の怒りがどれだけ深いものなのかを認めなければならない。アルゼンチン原子力規制庁の顧問であるアベル・ゴンザレスは、国際原子力機関(IAEA)を通じてチェルノブイリ事故の評価を行った経験から、社会不安を最小限に抑えようとしても効果はないと言う。その代わり「皆さんが心配されるのは当然のことで、お怒りになるのも無理はありません」と言わなければならない、と彼は主張した。

このアプローチに同意するのは、米国海洋大気庁(NOAA)北西水産科学センター長であり、ディープウォーターホライズン原油流出事故後、メキシコ湾で米国海洋大気庁の水産物安全プログラムを率いたジョン・スタインである。

「メキシコ湾岸に来ても、私は米国連邦政府の科学者であり、その立場からして信用できない存在でした。その経験から教訓を得たとしたら、科学を人々に伝えるのは途方もなく難しい、ということです。起こった事故はとにかく認めなければなりません。事故に人々はとても傷ついています。社会と消費者に対して失った信頼を取り戻すには長い時間がかかるのです」。

メキシコ湾で米国海洋大気庁への信頼を得る手助けとなったのは、外部の専門家に独立した検査を依頼することだった、とスタインは言う。これに賛同して勝川も述べた。「他国からの科学者は大きな助けになります」。環境保護団体グリーンピースが福島周辺で大気中の放射線量を測定し、その結果が政府の測定値と一致したとき、政府の信用は一部回復した、と勝川は言う。

科学者の役割とは何か

勝川の自主的な取り組みは、日本国内における独立系科学者の重要な役割の一例である。ブラムフィールは述べる。「報道を続けるうち、ゲルマニウム半導体検出器を持った物理学者たちがやってきて地元の人たちと協力しながら土壌を測定し始めたと聞きました。同様なことはたくさんなされているのではないでしょうか。ただ、そういった研究者たちの声が公の場に出るのが欠けているのだと思います」。真に独立したNGOを日本で設立できれば重要な一歩になるであろう、と勝川とブラムフィールは声をそろえる。

このシンポジウム中にたびたび繰り返されたもうひとつの提言がある。放射線が健康に及ぼす影響といったデリケートな問題についてである。科学者たちがその専門知識を人々に信じてもらうには、自分たちの言葉を信じろとは社会に訴えないことが重要である。「あなたの被ばく量は低かったからまったく心配はいりません、と科学者が言ってもまず信じてはもらえません」とミゲル・クインタナは言う。放射線医学総合研究所の放射線生物物理学者である酒井一夫博士もこれに同意した。「科学で人を説得することはできません。『あなたの被ばくレベルはこれだけで、これまでの経験に基づくとこのような影響があります。あとはご自身で判断してください』というほかないのです」。

最後に重要な点として、科学者たちはメディアと建設的に協力し合える方法を見出していかなければならない、とパネリストたちは強調した。これは、たとえジャーナリストが科学を正しく理解できるか、理解したいと本当に願っているか、について科学者が不信感を抱いていたとしても、である。チェルノブイリ事故以来メディアとの付き合いが長いベッセラーによると、メッセージのニュアンスをゆがめないと信頼できるジャーナリストをみつけて、いい関係を保つことが非常に重要である。

共同通信社の太田は、科学者との間にはどうしても緊張が生まれてしまうことを個人的に認めた。しかし、福島原発災害が起きて科学者とメディアの関係がこれほど重要になった今、この関係を育てていかないわけには行かないと彼は言う。「この国の統治体制には、根本的な問題があります。メディア関係者と専門家による交流、そして対話は、私たちの未来にとって本当に重要です」。

絶対安全神話

「海洋放射能汚染に関する国際シンポジウム」の翌日、シンポジウム出席者らは一般からも参加可能な会議を開いた。その会議において、ブラムフィールはメディアを代表して、福島災害の報道から1年半経った印象を簡単にまとめた。「結論から言うと、この災害で情報を伝えることになった科学者と政府は、人々を守らなければ、と強く感じました。パニックを起こしたくない。恐怖を蔓延させたくない。それらを防ごうと情報を伏せたことが、かえって恐怖を広げる一番の原因になってしまいました」。

ブラムフィールは続ける。「ある意味おかしなことですが、何としてでも人々を安心させようとする当局の傾向は、この原発事故以前から存在していた多くの問題を反映していました。その問題は絶対に安全だという考え方にあり、これは日本だけでなく、世界中にあると私は思っています。原子力産業は、原子力が絶対安全だと人々に信じてもらうため、多大な労力を費やしています。福島の原発災害は、絶対的な安全性をうたう者が持つリスクを知らしめたのではないでしょうか。この事故が起こってしまったとき、その安全性を過信していた政府は真の対策を用意していなかったのですから」。

彼の言葉は、同シンポジウムで開会の挨拶をした大西隆日本学術会議会長のメッセージに重なった。「絶対安全神話は、この国の政策を支配し、我が国における原子力発電所の改善を妨げてきました。この根拠のない神話を復活させてはなりません」。

その代わり、日本学術会議は、絶対に安全であるという認識から将来の自然災害は避けられないという認識へと考え方を転換し、また災害を防止・回避するのではなく、予測し、その影響を軽減するため、主導的な役割を担っていかなければならない。そのような考え方には、過去の過ちから学んだ教訓を盛り込まなければならない、と彼は言う。

大西は、全国世論調査の結果を引用して、日本の科学者に対する社会的信頼が福島災害後に急落し、その後部分的にしか回復していないことを示した。

「私たちは、科学者団体として、人々の期待に応えられなかったと認識しています。このような綿密な調査と反省なくして、社会の信頼を完全に取り戻すことはできません」。

海洋環境放射能センターの新設

私たちの世界は放射能に満ちている。地球上に存在する1,500種以上の放射性同位体(放射性核種)は、その大半が宇宙創成時のビックバンで生じたといわれ、今も岩石、水、大気中に自然に存在する。冷戦中の核兵器実験、あるいはチェルノブイリや福島の原発事故等で環境に放出された核時代の人為的な産物もある。

放射性核種の化学物理的な特徴は多種多様である。その一部は人の健康に影響を及ぼすことが明らかにされているが、リスクが誤解・誇張されているものもある。放射性核種の多くは、環境における様々な過程を調べるためのトレーサーとして使用されており、そのおかげで自然界に対する理解は格段に深まった。

放射能汚染について長年やや楽観的な姿勢を保っていた社会と政策立案者は、福島の原発事故で放射能に対する懸念を新たにせざるをえなくなった。世界には400以上のの原子力発電所があり、その数は多くの国で増え続けている。また、放射性廃棄物は安全に保管されることなく山積みにされ、核を燃料とする原子力船・原子力潜水艦は海を行き交い、さらに核兵器や核を使用しない「汚い爆弾」(ダーティーボム)による汚染拡散も懸念されている。その上、冷戦中に専門訓練を受けた原子力科学者と放射化学者の多くは、いま定年を迎えている。

「必要に応じて対応できる経験豊富な専門家が現在必要とされています。また、社会の信用を築いていくには、信頼できる独立した研究機関による調査が不可欠です」と、ウッズホール海洋研究所のシニアサイエンティストである海洋化学者ケン・ベッセラー博士は言う。そう確信したベッセラーは、東京から戻った直後、世界の諸機関から協力を得て海洋環境放射能センター(CMER)の新設に向けて動き出した。

www.whoi.edu/CMER

CMERは次世代の放射化学者を育て、必要最低限の専門科学者を維持するための研修と支援を行っていく。CMERの使命は、科学革新を推進し、有益な知見を生み出していくことであり、また環境における電離放射線のリスク、恩恵、影響を社会と政策立案者に伝えていくことである。

 

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健康上のリスク

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微量の放射線量を計測できる機器は、科学者が海洋過程を理解する際、強力なツールとなる。「現時点では1ベクレル未満まで測定できます」と、ウッズホール海洋研究所のシニアサイエンティストである海洋化学者ケン・ベッセラー博士は言う。

1ベクレルとは、放射性崩壊イベントが1秒あたり1回起こることを意味する。「ただし、測定できる放射能がすべて人の健康に有害だとは限りません」。

では、どの被ばくレベルから人に有害になるのか。また、福島原発事故で生じた放射能は、人の健康にどのような影響を及ぼす可能性があるのだろうか。

ベッセラーら科学者たちは、2011年6月に日本沖で航海中、津波で多数生じた瓦礫が海に漂っているのを見つけるたびに放射能レベルを測定し、その後も悪影響を及ぼすおそれがないか監視してきた。そのときの海水試料を後日研究室で調べたところ、沖合での放射性同位体セシウム137レベルは米国の飲用水許容レベルより低かったが、福島原発事故以前と比べると千倍以上高かったことがわかった。福島由来の放射能は、やがて太平洋全域に現れるであろうが、現れてもこの「微量」レベルどまりとなり、人の健康に直接影響を及ぼすことはないであろう。

しかし、日本人の食事に多く含まれる魚と海藻に最終的に蓄積される福島由来の放射性物質については懸念の声が高い。「これは放射性物質が蓄積したものを食べることによる体内被ばくの問題で、体外からの被ばくとはまた別の問題です」。2012年11月に東京で開かれた「海洋放射能汚染に関する国際シンポジウム」でベッセラーは言った。汚染海域で獲れた魚からは、災害前より高レベルのセシウムが今も検出され続けており、その理由はわかっていない。また、福島原発付近では、セシウム値が異常に高い魚も時折見つかっている。この2つの事実は、今後さらに調査が必要であり、福島沿海の魚がまだ安全に食べられると言えないことを示している。これらの海域は、現在も漁場が閉鎖されたままである。

それにもまして懸念されるのが陸上の放射能である。ベッセラーによると、「海と違って、陸上では一度降下した放射性物質がそのまま居座り、土壌と植物に取り込まれます。その場合、放射性物質は長期的な放射線源となり、人はより高レベルの放射能を直接受けることになります。海中では放射性物質が薄まるため、そのようなことにはなりません」。

偶然の風

さいわい事故発生時に吹いていた風のおかげで、福島第一原子力発電所から放出された放射性同位体の80%は海に落ちた。その幸運と被災区域からの避難が功を奏し、住民の急性被ばくは限られたレベルにとどまった。ただし、メルトダウンから数日後には風雨の向きが変わり、陸上にも放射性降下物のホットスポットがところどころ生じてしまった。

被ばく量が最も高かったのは、当然ではあるが原発内で作業にあたった人員であった。原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)によると、災害の拡大を防ぐため救急隊が駆けつけた混乱ピークの数日間で、それら167人の作業員は100ミリシーベルトを超える放射線を浴びた。100ミリシーベルトとは、がん発症リスクが有意に増大すると専門家が実証したレベルである。それより低線量の被ばくリスクも議論されているが、そのリスクはより小さく、検出も難しい。

東京電力株式会社の他の作業員2万人と、放射性物質が降下した地域の住民およそ15万人の被ばく量は、それより低かった。世界保健機関(WHO)によれば、それら住民の大半は2~10ミリシーベルトの線量を受けた。避難が遅れた福島県双葉郡浪江町と同相馬郡飯舘村の住民は、10~50ミリシーベルトを被ばくした。懸念される例外として、浪江町からの避難経路のひとつで1歳児の放射性ヨウ素131被ばく線量が最高100~200ミリシーベルトと推計されたことが複数のメディアで報告されている(環境省委託チーム調べ。24時間屋外にいたと仮定した場合)。

ヨウ素131は半減期が約8日と短命で、福島由来の放射能として最も深刻な健康被害をもたらすおそれがある。米国ローレンスリバモア国立研究所のジェームズ・スワード医学ディレク

ターが同シンポジウムで説明したように、放射性同位体は、人体への取り込まれ方も標的となる器官も多種多様である。ヨウ素は甲状腺に集まり、線量がある程度高まると、特に子どもの甲状腺がんリスクを増大させる。

甲状腺がんは、チェルノブイリ原発事故が人体に及ぼした唯一最大の影響であり、UNSCEARの報告によると2005年までに6,000件もの症例が認められている。さいわい、このがんは通常治療可能で、致死率も低い。

チェルノブイリでの平均的な被ばく線量は、福島の場合よりはるかに高かったとスワードは急いで付け加えた。岩手県とその近隣県で政府が1,080人の子どもから収集したデータによると、35ミリシーベルトを超える線量を甲状腺に受けた子どもはいなかった。「たしかに、この母集団では子どもの甲状腺がんリスクが若干ありますが、そのリスクは全体として非常に低く、疫学的技術では測定が困難です」とスワードは言う。

低線量に関する問題

もうひとつの悩みの種は、セシウム放射性同位体への長期的被ばくである。東京慈恵会医科大学の小児腫瘍専門医である浦島充佳助教授が、福島市に隣接する福島県伊達郡桑折町で妊婦と子どもの検査を行ったところ、被験者100人に1人の割合で世界の平均バックグラウンドレベルより高い線量を受けていたことがわかった。低レベルで被ばくした場合の影響がよくわかっていないことが少なくとも一因となり、人々は今も強い不安を抱いている。

職業病医学の臨床医であり急性放射能中毒の治療経験もあるスワードは、低線量被ばく問題として知られている問題に取り組んでおり、その基礎的な情報を紹介した。

スワードによると、世界の人々は絶えず微量の放射線にさらされているが、線量が低いため健康上の悪影響はないと考えられている。このバックグラウンド放射線による被ばく量は年間平均3ミリシーベルトで、自然および人工の放射線源から来るものである。自然に存在する放射線源としては、宇宙輻射(例えば、太陽系外から来る高エネルギー粒子)および岩石から放出されるラドンなどがある。人工の放射線源としては、医療用X線やCTスキャン装置などがあり、飛行機で移動するだけでも、高空では宇宙輻射から人体を守る空気が希薄であるため、地上より高い放射線を浴びることになる。同じ理由から、高地で暮らす人々の被ばく線量は高く、最高で10ミリシーベルトにもなる。

放射性物質は、体内・体外経路で人体に取り込まれる。X線のように体を透過するものもあり、また空気から吸い込まれ、皮膚から吸収され、飲食物から摂取されるものもある。不安定な放射性同位体は、体内の細胞に入るとDNAその他の細胞分子と衝突して直接DNAを損傷し、あるいは反応性の高い分子であるフリー

ラジカルを生じて間接的にDNAを損傷する。

線量が限られている限り身体はその損傷を自己修復できるが、線量が身体の修復機能を上回ると、2種類の影響が生じる。その一方は「確定的」影響と呼ばれ、高線量を被ばくしたすべての人に生じる。その場合、皮膚には熱傷、眼には白内障が起こり、妊婦には胎児の発育障害といった健康上の問題が生じる。ありがたいことに「このタイプの影響は福島周辺では顕著な問題になっておらず、より高い線量を浴びた原発作業員でも、この問題は見られていないようです」とスワードは言う。

ランダムな影響

他方の影響は確率的またはランダムな影響と呼ばれ、その最も深刻なものががんである。人への確率的影響に関する知見の多くは、原子爆弾が投下された広島と長崎の被爆生存者を長期的に調査して得られたものだとスワードは言う。これらの調査によれば、100ミリシーベルトの線量を超えると、がんの重度ではなく発症リスクが被ばく線量に比例して直線的に増大する。

100ミリシーベルトでのがん発症リスク増加はわずかで、ほぼ0.5%であるとスワードは述べる。日本人の場合、平均的な男性が一生の間に何らかの原因で致死性がんを発症する確率は26%で、平均的な女性ではそれが16%であると彼は説明する。放射線被ばく量がさらに100ミリシーベルト加わると、そのリスクはそれぞれ約26.5%および約16.5%に上昇し、子どものときに被ばくすると、その数値はわずかに高まる。

ただし、被ばくレベルが100ミリシーベルトを下回ると、がん発症率は非常に不明瞭になる。「線量に関係した影響を示す証拠はわずかしかありません」とスワードは言う。そのため、例えば発電所の作業員や放射線技師に対して定められた低線量の被ばく安全基準は、高線量とその影響の関係を単純に低線量まで延長した「直線しきい値なしモデル」と呼ばれる仮説に基づいている。本質的にいうと、このモデルでは、いかなる線量の放射線も発がんリスクを増大させると保守的に考えており、リスクの生じる最小値であるしきい値はない。

問題は、この仮説の妥当性について科学者間でも意見が一致しないことである。何らかのしきい値より低い線量を浴びても害はないとする意見もあり、DNA修復に有益な作用をもたらすという主張さえある(この考えは、ホルミシスとして知られている)。また、低線量被ばくリスクが現行の予測レベルより高いという意見もある。

スワードは言う。「要は、安全基準を設定する上で、直線しきい値なしモデルが最も適用しやすいということです」。つまり、多くの科学者が比較的安全だと見なす仮説を採用しているのである。被ばく線量が非常に低い場合、この仮説でがん発症数を正確に予測できる可能性は低い。

問題は、被ばく線量が非常に低い母集団の場合、がん発症率の有意な変化を検出して、高い信頼性で福島原発事故の放射能と結びつけることが難しい点にある、とスワードは述べる。

からみあう要因

2012年7月、まだ不確かな点は多かったが、スタンフォード大学の科学者、ジョン・テン・ホーブとマーク・ジェイコブソンは、福島原発災害の影響でがんを発症して最終的に死亡する総人数を予測し、公表した。それによると130人が死亡し、さらに180人ががんを発症するという。テン・ホーブとジェイコブソンによると、被災地区の避難は当時の状況から必要であったが、長期的な被ばくで予想される死亡者数より、避難の過程で命を落とした人数の方が多かった可能性があるという。

この研究結果は「エネルギー・環境研究」誌で発表され、日本その他で広く報道された。しかしスワードが言うように、この結果の推定範囲は非常に幅が広く、死亡者数が15~1,100人で、付加的ながん発症数は24~1,800人である。

ネイチャー誌で福島危機について報道し、本シンポジウムにも参加したジャーナリスト、ジェフ・ブラムフィールは言う。「多くの人にとっては、がん発症数39と2,900では大きな開きがあります。問題は、この種の推定値がモデルと仮定に依存することです」。

米国カリフォルニア州ユリーカのヒロソフト・インターナショナル社で放射線が健康に及ぼす影響を専門に研究する生物統計学者デール・プレストンは、東京のシンポジウムで述べた。「これは本当に難しい問題で、その主な理由のひとつは、放射線に影響された症例が他の症例と区別できないことにあります。発症数を推定するには非常にうまく設計された疫学的調査が必要で、低線量被ばくの場合は、かなり大規模で長期的な調査が必要になります」。

実際には、日本その他で全人口の15~25%に影響を及ぼすがん死亡総数と比べ、低線量被ばくによる死亡者数およびがん発症数の増加推定値は小さい値になる。

プレストンは続ける。「影響の大きさが線量に依存することはわかっています。また低~中程度の線量では、影響があるとしても小さいらしいということがわかっています」。しかし、それらの影響をふるい分けるには、線量率だけでなく、被ばく後の経過時間、被ばく時の年齢、性別、および民族性などの因子、さらに言うまでもなく喫煙など他の危険因子との相互作用に応じた影響の変化を考慮する必要がある。このように難題はあるが、福島災害と関連性の高いデータは若干存在すると彼は言う。

まず、プレストンは原爆生存者について触れ、広島と長崎の被爆者9万3千人のうち、25%は低線量範囲の線量を浴びたことを説明した。第2の長期的研究は、ロシア南部テカ川沿いの谷に住む約3万人の村民に関するものであった。この村民の被ばくは他と極めて異なり、1950年代、プルトニウム生産施設から放射性物質が環境に繰り返し放出された。どちらの調査でも、100ミリシーベルト未満の被ばくに伴い、白血病その他のがん発症率がわずかに高まったことが示されているとプレストンは言う。

健康への長期的影響に関する調査の必要性

2013年2月、世界保健機関(WHO)は、福島原発事故に関する健康リスク評価報告を公表した。これは多様な分野の科学者20人以上により行われたものである。この報告では、最も汚染された地域における特定の年齢群と性別群、例えば福島県の最も汚染された地域で0歳児として放射能に被ばくした女児について、がんの発症リスクが若干上昇したことが推定されているが、より広域の日本人母集団にはがん発症率の上昇が測定されず、日本国外での健康リスクは認められなかった。

しかし、この報告書は次のように結論付けている。「この健康リスク評価は、現在の科学的知見に基づくものである……。放射線、特に低線量の影響に関する科学的理解は今後さらに進む可能性があることから、追加調査により、この放射能事故のリスクに対する理解に変化が生じる可能性もある」。

また、原発から放出された短命の放射性ガス、例えば半減期

5日の希ガス、キセノン133への被ばくに対する疑問と懸念も残されている。福島災害の医学的・生態的影響についてニューヨーク医学アカデミーが福島災害2周年の2013年3月に開催した会議では、数人の発表者がこの問題を提起していた、と同会議に参加したベッセラーはいう。

プレストンとスワードは、福島の人々に関する長期的調査が重要である点で意見が一致した。プレストンはいう。「もし被ばくの影響を検出する能力が限られていたとしても、調査で何も見出されなければ、そのこと自体が人々を安心させる材料になるでしょう」。

7月、福島県立医科大学は、災害時の正確な居場所、屋外にいた時間の長さ、および摂取したすべての飲食物を指定して被ばく量を個別に算定することを目的とした意欲的な調査を開始した。この調査では、福島県のすべての子どもを対象とした継続的な甲状腺検査と、妊婦および避難者の検診を少なくとも30年間続けていく予定である。

プレストンとスワードは、福島の長期的な健康調査にもうひとつの要素を含めるよう提案した。その要素とは、災害の心理的影響に関する注意深い分析である。まだ科学でも解明しきれていない低線量被ばくについて不確かな点を抱えながら生きるストレスは、人の健康に最も大きな影響を最も長期にわたり及ぼすおそれがある、と彼らは締めくくった。

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福島原発から来た放射性物質が海洋生態系でどのように移動するかを知るには、微小プランクトンの生態を把握することである。しかし、福島原発事故を象徴するようになった巨大生物がいる。太平洋クロマグロである。

他のどの国よりも魚を大量に消費している国、ここ日本で、あるひとつの疑問が社会的関心を集めている。福島原発事故以降に水揚げされた水産物を食べても安全なのだろうか、という問いである。

事故後、福島とその周辺の沿海漁場はすべてただちに閉鎖された。日本政府はその後2週間以内に魚類、貝類・甲殻類、食用海藻に含まれる放射能を監視し始めた。それから1年余り経ち、新たな科学的知見があったわけでも沖合の状態が変化したわけでもなかったが、消費者を安心させるため、政府は、魚類に許容される放射能基準値を1kgあたり500ベクレル(これはすでに世界で最も厳しい基準に入る)から100ベクレルに厳しく引き下げた。

昨秋、ウッズホール海洋研究所のシニアサイエンティストである海洋化学者ケン・ベッセラー博士は、水産庁から発表された1年分のデータを詳細に解析した。2012年10月26日付でサイエンス誌に発表された彼の解析結果によると、福島とその周辺の漁場で捕獲された魚類のほとんどは、消費基準値引き下げ後の安全値より、さらに放射線レベルが低かった。ただし、海底付近に生息する魚種の40%は基準値を超えていた。そして何よりも重要なことは、海水と水産物の放射線レベルは、事故から12か月間、時間と共に低下していかなかったことであった。

ベッセラーらによると、放射能レベルが持続しているのは、放射線源が引き続き環境に漏出している強力な証拠であると言う。自然な状態にある魚類は、新たな放射性セシウムの汚染にさらされない限り、1日あたり約3%と極めて急速なペースでセシウムを体内から失っていく。同時に、ベッセラーは、魚類における放射性物質の残留濃度は全般的に非常に低く、それは米国の基準値よりも、自然に存在する放射線量よりもさらに低い値である、と認識した。

それでも、日本では依然として社会的不安が収まらない。シライトマキバイおよびタコなど影響のない少数の種を除いて、福島県沖の漁場は閉鎖されたままである。不安を掻き立てる異常値を示す、極めて高レベルの放射線を示す魚も時折水揚げされる。11月に東京で開かれた「海洋放射能汚染に関する国際シンポジウム」では、多岐にわたる関係分野から招かれた専門家パネリストが水産物の安全性にかかわる諸問題を協議し、科学の領域を超える活発な議論を交わした。

証拠と認識

読売新聞社の長谷部耕二記者は、幼い子どもを持つ親の放射能への不安が社会から取り除かれないままであると説明した。そのような親たちは、体内からの被ばく(内部被ばく)を恐れて福島やその周辺地域で生産された牛乳などの食品の購入を拒否し、西日本から食材を購入している。「そういった方々は、なぜ汚染食品を食べなければならないのかと疑問に感じています」長谷部はそう述べ、魚の獲れた場所と汚染レベルの測定値を正確に消費者に提供するよう、市場における水産物の表示改善を求めた。

放射線医学総合研究所の放射線生物物理学者、酒井一夫博士は、日々の食生活を通じた放射性物質の摂取を監視する取り組みについて説明した。消費者団体コープふくしまによる調査では、福島県の100世帯において家族1人分の食事を余分に用意してもらい、食品に含まれる放射線量を計測した。その結果、測定可能な量のセシウムが検出されたのはわずか3世帯であり、すべてのサンプルにおいて自然に存在するカリウム40の放射線量の方がはるかに高かった。

3人目のパネリスト、東京慈恵会医科大学の小児腫瘍専門医である浦島充佳准教授は、福島市に隣接する伊達郡桑折町で町民顧問を務めた。災害場所に近い地域からは数千人が退避したが、それらの避難家族は放射性降下物の影響を受ける地域内にとどまったため「多くの人々が今も比較的高い放射線量に曝されながら生活しています」という。

2011年、浦島は、桑折町の園庭・校庭から汚染された表土を除去するよう提言し、その結果、この表土除去で地表からの放射線量は当初の10%まで軽減された。また、浦島は小児および妊婦の被ばくレベルも測定した。被検者の99%は年間被ばく量が2.4ミリシーベルト未満であり、これは世界の大半の人々が自然の環境放射線から受ける線量に等しい。「そのため基本的には大丈夫でした。ですが、懸念しているのはその方々が抱いている恐怖感です」。

町民をさらに安心させるため、浦島は、ホールボディカウンター(全身カウンター)と、食品・水用の計測装置を購入するよう強く呼びかけた。「人々の恐怖をあおる主な要因は、あいまいさです。自分自身の内部被ばく量を機械で測定できれば疑いも晴れます。市場に出回るすべての食品を測定して1kgあたり100ベクレル未満であることを確かめることができるようになれば、非常に安心と感じるでしょう」。

文化的な配慮

皮肉なことに、魚類について放射線の許容基準値を引き下げるという日本政府の決断が、消費者の懸念を緩和するどころか逆に高めてしまったのではないか、という意見がある。ノルウェー生命科学大学の環境化学者および倫理学者であるデボラ・アウトン教授は、関連するエピソードとして、チェルノブイリ事故によってトナカイの肉に含まれる放射性核種の濃度が高まる、という問題に直面したノルウェー政府が、1kgあたり600ベクレルから6,000ベクレルに許容基準値を引き上げる決断を下したことを紹介した。この決定は、トナカイ遊牧に生計を頼る少数民族サーミ人の生活を守るためであった、とアウトンは説明する。

この決断には線量が勘案された。有害性には、肉の放射能レベルだけでなく、肉をどれだけの量、食べるかにも関わる。ノルウェー人は、年に1~2回以上トナカイの肉を食べることはほとんどない。そして、ノルウェー政府の判断はトナカイ肉の売り上げに何の影響も及ぼさなかった。

大局的に見れば「これらの問題を社会が受け入れるかどうかは、「ベクレル」や「シーベルト」だけでは決まらないのです。これは非常に複雑な問題です」とアウトンは言う。そして、この問題について日本ほど複雑な所は他にない、と。コネチカット大学のアレクシス・ダデン教授は、歴史学者の視点から「放射能にかかわる日本の特殊な歴史を考慮した議論が、地域と国家双方のレベルで必要です」と示唆する。

目下、日本の当局は福島沖の漁場を閉鎖したままであり、沿岸に沿って水産物に含まれるセシウムや、その他の放射性核種のレベルを注意深く監視している。

「いいニュースがあります。それは、いくつかの魚種で徐々に放射性核種のレベルが低下しているということです」とベッセラーは言う。「ですが、悪いニュースもあります。特に福島周辺の海底近くに生息する魚の放射能レベルが高いまま一向に下がらないということです。実際、これまでで最も汚染された魚は、2013年1月に福島原発の港湾内で採取されたものです。この状態がいつ変化するかはまだ予測がつきません。というのも、これは原発からのセシウム量、海中におけるセシウムの挙動、そして海底堆積物が今後長期にわたり放射線源であり続けるかどうかに依存するからです」。

水産業の復興

2011年の東日本大震災により、宮城県気仙沼では大型漁船が津波で打ち上げられた。 (写真提供:讀賣新聞社、AP Images、武藤要)

もし漁場を再開できることになったとしても、水産業を立て直すには人々の信用を回復しなければならない。その点で上記パネリストたちの意見は一致した。また同時に、大規模なインフラ再構築も必要になる。

東北大学の環境経済学者、馬奈木俊介准教授は、福島原発事故が日本の水産業に及ぼす経済的損害について概説した。背景として日本の水産業が災害前から数十年間衰退していたこともあわせて説明した。漁獲量は、乱獲の影響で1980年代半ばから減少の一途をたどっており、日本政府が水産業を過剰に援助していることも説明した。「漁師の数が多すぎるのです。助成金がなかったら水産業は生き残れません」。

「これは、今回の震災を説明するにあたって重要な背景です」と馬奈木は言う。建造物が強固であったおかげで、内陸では大きな地震被害は免れた。しかし、津波は予測をはるかに超える場所まで到達した。彼の推定によると、経済的損失総額は日本の国内総生産の5~7%に相当する。農業、林業、水産業の損害は約2兆円と推定され、水産業だけでそのうちの55%を占める。

港湾と船舶の破壊が金銭的損失の大半を占めているが、震災の時点では多過ぎる助成金で港湾が過剰に造られていたといえる状態で、本来なら規模を大幅に縮小すべきであったのだ。そのため、数字だけ見ると誤解を招く。同様に、被害を免れた漁船数は震災前の漁船数の10~50%であると馬奈木は推定し、運用を維持するにはそれは十分な数である、と示唆する。

被災地域の養殖施設と水産加工場が事実上壊滅状態になったことは、いっそう深刻な問題である。そして、帰る家を失った労働者とその家族のための住居を建設する、という差し迫った問題もある。さらに、より長期的には、若い世代を水産業に引きとめなければならないという課題が浮上してくる。

「一般的には、水産業の復興なくして東北の復興なし、と考えられています」。失ったものを取り戻すには、10年間、そして3兆~14兆円かかるであろう、と彼は推定する。

ただし、水産業を震災以前と同じ状態に戻すという復興はすべきではない。その代わり、政府はこの機会に助成金を打ち切り、市場割り当てを策定して、競争力のある新たな水産業を生み出すべきである。これらの提案には、従来の漁業文化を保全したい人々からの抵抗もあるが、水産業が生き残るには新たな環境に適応していかなければならない。放射能汚染が今なお経済に及ぼし続ける悪影響は、年間1千億~2千億円台と予測されるが、福島原発事故のはるか以前から水産業を衰退に追い込んできた非効率性の代償の方が大きいのだ、と彼は主張する。

放射性物質放出に関する海洋政策

福島原発事故はかつてない規模の災害であり、日本においても国際社会においても今後の海洋政策に前例のない影響を及ぼすことになるであろう。

2012年11月に東京で開かれた「海洋放射能汚染に関する国際シンポジウム」において、横浜国立大学で海洋政策を専門とする中原裕幸特任教授は、日本の海洋政策に関する発表を行った。日本の海洋政策は2007年施行の海洋基本法に基づいており、同法では海洋環境の保全から海洋資源の開発まで広い範囲を対象として、海洋基本計画の策定とその5年ごとの見直しを義務付けている。第1回海洋基本計画が2008年4月に閣議決定されたことから、初回の見直しは2013年4月に予定されている。

「現在、災害復興および再生可能エネルギー開発の双方を勘案して、徹底的な審議が行われています」。

福島原発事故に効果的に対処するには、次の5カ年の海洋基本計画に、国内外の組織数十カ所が取得した膨大な環境データを収集、整理、公表するための規則をまず盛り込まなければならない。次に、地方自治体、政府、研究者、産業界が、災害の因果関係を調査しつつ、より高いレベルで協力し合える体制を整えるための規則を含めなければならない。最後に、今回の見直しでは、海洋基本計画に長期的な日本領海監視プログラムを導入しなければならない、と中原は述べる。

東北大学で海洋法を教える西本健太郎准教授は、福島原発事故により国際法の重大な脆弱性がいくつか明らかになった、と述べる。その例として、日本が周辺諸国から強く批判された事例をとりあげた。放射能で汚染された水を意図的に海へ放出した措置である。

2011年4月4日、最初の災害から3週間経過した頃、東京電力株式会社は日本政府の承諾を得て「低レベルの汚染水」約10,000トンを海に放出することを決定した。これは、損傷した第一原子炉の緊急冷却で生じた大量の高濃度汚染水を貯蔵するためのスペースを貯蔵施設に設ける必要があったためである。西本によると「放出量全体と比べて、放射線量は最低限」であったが、この放出が2つの法的問題を生じた。ひとつはこの法律自体に関するもので、もうひとつは日本から近隣諸国への通知が遅れたことである。

上記どちらのケースについても、適用国際法令は拘束力を持たなかった。特に、海洋汚染の防止に関するロンドン条約では放射性物質の海洋投棄を明確に禁じ、その制限を洋上船舶に課しているが、陸からの物質放出については投棄と見なしていないのである。

「これを国際法分野の外で話すと「そんなバカな」という反応が返ってきます。しかし、これには理由があって、諸国家はこういった協定を結びはしますが、自国領域内について規制を受けることには非常に消極的なのです。外海での投棄を禁じることについては意欲的なのですが」。

このような現状を考えると、資源を共有しあう近隣国同士なら合意を取りやすいため、広域協定が好ましい、と西本は提案する。しかし、国連が1974年に採用した「地域海計画」には、現在、陸からの汚染について拘束力のある条約がいくつか含まれているものの、日本周辺の海域を対象としたものはない。

「このタイプの海洋汚染に対して効果的な対策が講じられたことは、これまでありません」と西本は言う。

 

福島と海シリーズ

日本の三重災害

放射能の基礎知識

海中の 放射性物質

海洋生物への影響

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 マグロの話

 マグロの話

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福島原発から来た放射性物質が海洋生態系でどのように移動するかを知るには、微小プランクトンの生態を把握することである。しかし、福島原発事故を象徴するようになった巨大生物がいる。太平洋クロマグロである。

太平洋クロマグロは、世界の食卓で珍重される魚のひとつである。最高級すし食材としての魅力を持つクロマグロは、回遊魚でもある。日本とフィリピンの沖合で産卵し、幼魚のうちに4か月かけて太平洋9,600kmを横断し、米国カリフォルニア州沖合の餌の豊富な海域で育つ。数年後、成長して成熟すると、今度は自身が産卵するため太平洋を引き返していく。

海洋生物の放射性物質の取込みとマグロの回遊パターン調査の専門家であるストーニーブルック大学のニコラス・フィッシャー教授とスタンフォード大学ホプキンス海洋研究所の大学院博士課程の学生ダニエル・マディガンは、2011年夏にカリフォルニア沖で水揚げされる若いクロマグロが、福島沖の汚染海域で孵化後の日々を過ごした可能性が高いことを知っていた。それらのクロマグロは、遠く離れた2つの大陸の間で放射性物質を運んだのだろうか。

それを確かめるため、フィッシャーとマディガンは、カリフォルニア州サンディエゴ沖で2011年8月にスポーツフィッシング愛好者が釣り上げたマグロから組織試料を採取し、フィッシャーの研究室で分析した。「分析したクロマグロのすべて(15匹中15匹)で、セシウム134とセシウム137の両方が見つかったのです」。これは福島第一原発事故からの汚染を示すまぎれもない証拠である、とフィッシャーは、東京の「海洋放射能汚染に関する国際シンポジウム」で報告した。

しかし、彼らが測定した放射能レベルは非常に低かった。サンディエゴ沖で釣れたクロマグロは、両方の放射性物質からの総セシウム濃度が1kg当り10ベクレルと、カリウム40の自然放射線濃度をわずか3%上回っただけで、日米政府が定める安全な消費レベルよりははるかに低かった。

回遊するマグロが、取り込んだ全セシウムを太平洋横断中に1日2%失っていたと推定し、さらに、太平洋横断中に冷戦時代の原爆実験の名残であるセシウム137を取り込んでいたと推定して、さかのぼって計算を行い、フィッシャーらは 、マグロは日本近海を出発したころには、体内濃度が測定値より15倍高い1kgあたり約150ベクレルであった可能性が高い、とした。
彼らは、カリフォルニア沖の定住魚であり太平洋を回遊しないキハダマグロからも試料を採取し、クロマグロで測定されたセシウムが海流または大気によって運ばれてきたものだという可能性を否定した。キハダマグロにみられたのはバックグラウンドレベルのセシウム137だけで、半減期の短いセシウム134は見つからなかったからである。

フィッシャーとマディガンが2012年5月下旬に発表したこの結果は、すさまじい反響を呼んだ。フィッシャーは無数のインタビューに応じ、テレビ番組にも出て測定結果を説明した。

人々の根拠のない放射能への不安に対処するため、フィッシャーとフランス人科学者グループは、これらのクロマグロを食べた人が取り込む放射線量(0.008マイクロシーベルト)を算定し、バナナを食べてその自然なカリウムから取り込む放射線量(0.1マイクロシーベルト)、歯科用X線撮影から受ける線量(5マイクロシーベルト)、大陸横断飛行で受ける線量(40マイクロシーベルト)と比較した。「クロマグロについては、放射能より含有水銀の方がむしろ心配です」と彼は言う。

2012年と2013年にクロマグロの放射能を分析するにあたり、フィッシャーは、それらのクロマグロが2011年時点の幼魚とは異なり、汚染水域で1年間は過ごした後であろうこと、そしてそのセシウム濃度がはるかに高まっている可能性があることを認めた。一方で、餌場となった水域のセシウム濃度が比較的低かったために低下した可能性もあるという。マディガン、フィッシャー、そしてゾフィア・バウマン博士による最近の報告によると、2012年にサンディエゴ沖で水揚げされたクロマグロには、2011年のマグロから検出された値の半分未満しか放射性セシウムが含まれておらず、マグロ組織に含まれる放射性セシウム濃度が実際に低下していたことが示された。

しかし、フィッシャーによると、クロマグロだけでなく、サメ、海鳥、アカウミガメなど他の大型回遊生物や渡り鳥の固有の回遊・渡りパターンを追跡する上で、福島原発由来の放射性核種が利用できると考えられる点にある。回遊・渡りパターンのタイミングと経路に対して理解が深まれば、漁場を管理し、絶滅危惧種の保護戦略をより効果的に策定する上で役立つはずである。

 

2011年の日本
https://www.whoi.edu/know-your-ocean/ocean-topics/pollution/fukushima-radiation/

放射能と海
https://www.whoi.edu/press-room/news-release/ourradioactiveocean/

福島第一原発の事故
放射能が海に及ぼす影響を探る
http://www.whoi.edu/website/fukushima-symposium/overview

フクシマと海」コロキウム、2013年5月9日
https://www.whoi.edu/who-we-are/visit-whoi/events-happenings/morsscolloquium/past-colloquia/morss-fukushima/

福島から太平洋に放出された放射能
2011年6月3~17日の調査航海
https://archives.whoi.edu/expeditions/fukushima_radiation_in_pacific/page.do@pid=68736.html?pid=67796

日本の地震から得た教訓
その原因と結果から、科学者は何を学んだか?
https://www.whoi.edu/oceanus/feature/lessons-from-the-2011-japan-quake/

カフェ・トリウム(ケン・ベッセラー研究室)
https://cafethorium.whoi.edu/

WHOI津波ウェブサイト
http://www.whoi.edu/home/interactive/tsunami/indexEnglish.html

福島沖で答えを探る
史上最悪の放射能流出事故から18か月後の海を、日本の水産業データから読み解く
https://www.whoi.edu/press-room/news-release/fukushima-fish/

 

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海洋生物への影響

海洋生物への影響

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福島の原発事故によって、前代未聞の量の放射能が短期間で海域に流出した。セシウムその他の放射性物質体が断続的に流出することで、海洋生物の食物連鎖はどのように影響を受けたのだろうか。2012年11月の「海洋放射能汚染に関する国際シンポジウム」で、それについての基礎的な資料を提供したのがスコット・ファウラー教授である。彼は、海洋放射線生態学の先駆者として国際原子力機関海洋環境研究所(IAEA-MEL)で30年以上勤務してきた。

食物連鎖は、海洋植物プランクトンから始まる。これは微小な植物であり、その光合成量は陸上の植物全体の光合成量と同程度にもなる。海洋植物プランクトンは周囲の海水から放射性汚染物質を取り込む。そして、植物プランクトンが、より大きな動物プランクトンに摂食され、さらに小型魚類、そしてより大きな生物へと食物連鎖のピラミッドをのぼっていく。それにともない、汚染物質の一部は最終的に海底に堆積するそれら生き物の糞その他からなる「デトリタス粒子」に含まれることになる。デトリタス粒子は堆積物に蓄積し、それに含まれる放射性核種(放射性物質)の一部は、微生物および化学過程を通じて上層の水中へと再び移動する場合もある。

海洋生物にどのくらいの放射能が取り込まれるかには、さまざまな要因がある。もちろん、生物が放射能にさらされる時間の長さは重要である。さらに、生物の大きさと種、関与する放射性核種、水温と塩分、水中の酸素量、生物の成長段階など、多数の要因も重要である。

また、「自然バックグラウンド放射線がもともと海のいたるところにあるのを忘れないことです」と彼は言う。例えば、ポロニウム210とカリウム40は海中で自然発生する放射性核種である。カリウム40は海中に最も豊富に存在する放射性核種であるが、ポロニウム210の方がカリウム40よりも海洋生物内に蓄積しやすい。

「魚類その他の海洋生物が受ける放射線量の大半は、ポロニウムによるものです」。

ファウラーは放射性同位体が海水から海洋生物に吸収されるという第1の経路に関し、1980年代初期の実験において、プルトニウム量には生物の分類群によって非常に大きな差があることを実証した。植物プランクトンは、微小動物プランクトンの約10倍プルトニウムを蓄積し、微小動物プランクトンは、二枚貝の100倍プルトニウムを取り込んでいた。タコとカニのプルトニウム取り込み量は二枚貝の約半分だったが、海底近くに生息する魚類よりも約100倍大きかった

また、環境に存在する放射性核種ごとに、各生物で異なる取り込み量が示された、と彼は言う。

放射性同位体が堆積物から海洋生物へ移動する第2の経路は、複雑なものである。ファウラーによると、アメリシウムの取り込み量を測定した実験では、汚染堆積物にさらされた蠕虫は二枚貝より有意に多くの放射性同位体を取り込んだ。ただし、蠕虫も二枚貝も、炭素鉱物を多く含む大西洋の堆積物より、シリカ鉱物を多量に含む太平洋の堆積物からはるかに多くの放射性核種を取り込んだ。

第3の経路である食物は、場合によっては、最も重要な取り込み因子になる。摂取された放射性同位体は消化器を通じて体内に同化されるが、これは体外環境から吸収された場合より、はるかに効率の良い経路である。ファウラーによれば、特に海底近くに生息するヒトデやウニなどの海洋無脊椎動物は、摂取した広範囲な放射性同位体を効率的に吸収する。だが、幸いなことに取り込んだ放射能は排泄され、次第に失われていく。

プランクトンからマグロへ

ファウラーの長年の研究仲間であるニコラス・フィッシャー教授は、福島で最も大きく影響をおよぼした同位体に焦点を絞った。フィッシャーはストーニーブルック大学放射性の海洋生物地球化学者で、海洋生物における金属と放射性同位体の行き先を35年間にわたって研究している。その研究対象には放射性廃棄物に伴う放射性核種も含まれている。彼と研究室メンバーは、2011年6月、ウッズホール海洋研究所のシニアサイエンティストである海洋地球化学者ケン・ベッセラー博士が中心となって日本の沖合で行った調査航海に加わった。

試料として採取したプランクトンと魚を分析したところ、一貫してセシウム134とセシウム137が見つかった。福島第一原発事故でセシウムとともに多量に流出した放射性核種であるヨウ素131は、当然のことながら見つからなかった。「ヨウ素131は半減期がわずか8日であるため、事故から2か月後には検出できなくなっていました」とフィッシャーは説明する。

セシウムはまた別の問題である。1960年代の冷戦時代、大気圏内で行われた核実験に端を発するセシウム137は、海とそこに生きるものたちに今なお痕跡を残している。それに比べてセシウム134ははるかに短命であるが、それでも数年は存在し続ける。

セシウムは、海水に豊富に含まれる非放射性セシウム、そして自然発生するカリウムとナトリウムなど、いくつかの可溶性同位体と競合して、生物および粒子に吸収される。海水と比べ、淡水ではカリウムおよびナトリウム同位体がはるかに少ないため、セシウムの取り込み量は海洋生物より淡水生物の方がいちじるしい。 セシウムの化学特性はカリウムと似ており、どちらも最終的には魚類その他の海洋生物で同じ組織、特に筋肉組織に含まれる。

また、魚類はかなり効率的にセシウムを排泄し、1日あたり数%を失う。そのため、魚類は新たな汚染源にさらされなければ、体内のセシウム濃度は時間とともに急速に低下する。

高次捕食生物において特に懸念されるのは、食物連鎖のピラミッドを上にのぼるにつれて放射性核種の濃度が高まることである。これを生態学者は「生物学的濃縮」と呼ぶ。この場合もやはり幸いなことに、「海洋の食物連鎖におけるセシウムの生物学的濃縮はさほどではなく、水銀、農薬のDDT、ポリ塩化ビフェニル(PCB)など多くの有機化合物よりははるかに低いです」とフィッシャーは述べる。

2011年の航海で、フィッシャーとそのチームは採取した全試料についてセシウムを測定した。その試料は主に動物プランクトンで、一部は魚類である。予測にたがわず、試料採取した生物のセシウム濃度は、沿岸に近づくほど高まった。また、放射性の銀110mもすべての動物プランクトン試料で検出された。ただし、すべてのケースでセシウムおよび銀同位体の量は同じ試料中の自然発生カリウム40よりいちじるしく低かった。

「私たちが採取・分析した魚類の放射能では、人が摂取しても問題を生じることはありません」が、同じ海域で水揚げされる他のすべての海洋生物にも同じことが言えるとは限らない、と彼は付け加えた。

通常より高濃度が持続している

フィッシャー、ベッセラー、その他多くの科学者が頭を悩ませている問題がある。それは、低量ではあるが有意な濃度の放射能がいまも海中に存在し続けていることである。東京海洋大学の海洋化学学者、神田穣太教授は、福島近海を広範囲にわたって調査し、水深200mより浅い沿岸水域とその海底の堆積物に今なお存在するセシウムの量を算定した。神田の計算では、残留量は全排出量の3%未満で、残りはかなり以前に外洋へ流されている。

それでも、セシウム放射性同位体はこの海域で1m2あたり数十~数百ベクレルと測定されており、これは福島災害以前の濃度よりいちじるしく高い。さらに、より重要な点として、沿海の堆積物および数種の魚類で測定された濃度は周辺海域の濃度より高い。

この高い放射能には、3つの源があると神田は見る。1つは河川からの流出、つまり雨で近くの河川に流された放射性降下物が海に流出したもの、である。2つめは、原子炉建屋の地下から今も少量の汚染水が漏れ続けているのではないか、と神田は示唆する。しかしながら、いまだ魚類の組織で測定され続ける放射性セシウム濃度についての唯一妥当な説明は、魚が食物を通じて継続的に放射性セシウムを摂取していること、である。その疑いは3つめの海底の堆積物に向けられている、と神田は言う。

神田は、「沿海堆積物に合計95テラベクレル(1012ベクレル)のセシウムが存在すると推定し、それがどのようにしてそこにたどり着いたかが問題です」と言う。セシウムは水面でプランクトンに摂取され、糞粒として海底へ沈んでいっている可能性がある。実際、浅水域のプランクトンが高濃度のセシウムを呈することはある。また、河川から流されてきた有機物の小片とともに海底に到達している可能性もある。一方で、汚染水に接触した粘土粒子にセシウムが吸着した可能性もあるが、そのような放射性セシウムは粘土粒子に強く結合するため、海洋生物には取り込まれにくい。

堆積物は複雑なものである。一粒の砂のように見えても、間近で見ると、たいていは鉱物、有機物、および間隙水(粒子間の小さなすき間を満たしている水)の混合物である。これら凝集体への汚染物質取り込みについては、よくわかっていない。ファウラー同様、神田も、「堆積物の組成と特性は場合によって大幅に異なっています」と言う。
このなくならない放射能の謎を解くには、福島沿岸域の海底を徹底して分析する必要がある。「地域の住民は心配しています。いつになったら漁業を再開できるのか知りたがっています。私たち科学者は、それに答えなければなりません」。

この謎を解く鍵は、いつまでセシウムが居座り続け、どのような経路で食物連鎖に取り込まれるかにある。セシウム137の半減期が30年であることを考えると、これからの数十年間、海底堆積物が食物連鎖の汚染源となり続けるおそれがある。

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日本の三重災害

日本の三重災害

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現在「日本の三重災害」として知られている地震、津波、原発事故の苦難の連鎖は、海底の大規模な破壊とともに始まった。

2011年3月11日午後2時46分、東北沖の海底、日本海溝の底でぶつかり合うユーラシアプレートと太平洋プレートにすべりが生じた。ここは世界で最も地震が多発する地帯であり、このようなすべりの発生は珍しいことではない。海底で上の地層が下の地層に対してずり上がる巨大衝上断層は長さ約800kmにもわたり、比較的小さな揺れなら毎年数百回も起こっている。

ただ、そのすべりは通常とは違っていた。のちに東北地方太平洋沖地震と呼ばれることになるこのマグニチュード9.0の揺れは、近代的な記録が残されるようになった1900年頃から起きた世界で5番目に大きな地震である。震源地から320 km も離れていない東京で6分間も揺れが続いた。ようやく揺れが収まったとき、本州は東へ8m移動していた。

地震による陸上の被害は甚大であった。それに加えて大津波が押し寄せたのだった。とてつもない海底からの突き上げにより一連の巨大な津波が生じ、その第一波は地震から30分以内に沿岸を襲った。

津波になすすべもなく

東京から約226km北で1971年から運転されていた東京電力福島第一原子力発電所では、この地震によってすでに停電していたものの、非常用バックアップシステムが適切に機能していた。そこを津波が襲った。発電所の防犯カメラによる映像が、まさにその一瞬をとらえている。原子炉の正面で、高さ約6mの防波堤に守られた浅い港湾内を漂う小船。その防波堤のすぐ後ろから巨大な波がうねり迫ってくる。

高さ約14mにも達した津波は、すべての安全措置を乗り越えた。原子力発電所施設は急速に浸水し、バックアップ用のディーゼル発電機は機能を停止した。この全電源喪失が壊滅的な悪循環を引き起こし、チェルノブイリ原発事故以来最悪の被害をもたらすことになる。

冷却システムを失った同原発で、6基の原子炉のうち3基が過熱し始めた。数日のうちにこれら3基では溶融した核燃料により生じた水素ガスが充満して大爆発が起こり、4号機の建屋にも被害が及んだ。この爆発による放射性降下物の予測変化に基づいて日本政府は避難指示区域を広げ、15万人以上が自宅から避難した。一方、完全なメルトダウンを阻止するための必死の努力のなかで、高圧放水砲、消防車、ヘリコプターから何千トンもの水が原子炉に注がれ、その汚染水の大半が、最終的に海へ流出した。

廃墟と化した一帯

津波の第一波到来から予断を許さない状況が続いた約10日後、差し迫った原子力危機は収束した。しかし、この三重災害がいまも及ぼし続ける影響は実質的に予測がつかない。津波だけで死者が約2万人。避難者は15万人を超える。経済的損失は、24兆〜47兆円と推定される。海岸に沿って散乱した約2,250万トンの瓦礫を撤去する作業だけで数年はかかる。

それより甚大な原子力災害の被害は、全貌が明らかになるまで数十年かかるかもしれない。放射性降下物により、原発周辺とその北西780km2の地域が帰還困難になったため、さらに15万人が帰る家を失った。水、土壌、農作物、植生の広域汚染により、コスト高な除染作業を強いられ、汚染地域からの食材流通は禁止された。とくに影響を受けた地域に住む子どもの健康に関する懸念が一気に広がり、現在も続いている。

放射能への緊急のまた継続的な被ばく情報が不確かであったことから、社会的な不安が高まり、地元の経済は沈滞し、日本における原子力発電の未来にも陰がさした。

災害の最中、そして災害後の情報伝達の不手際や、情報提供の差し控えなどによって、当局に対する不満と怒りが増した結果、日本政府と業界幹部だけでなく、日本の科学者に対する社会的信用もいちじるしく損なわれた。

海洋における放射能

「事態はもっと悪くなっていたかもしれません」。ウッズホール海洋学研究所の海洋化学者ケン・ベッセラー博士は言う。当時の気象条件と、原発が海岸沿いにあったことが幸いし、福島原発事故により放出された放射性物質の80%は、人口の密集した本州ではなく、海域に到達したものと推定された。その結果、原発付近の住民数千人が何らかのレベルで被ばくした一方で、その他の地域に住む数千万人単位の日本人は被ばくを免れた。

その反面、膨大な量の放射性物質が大気降下物として、また高濃度の放射性物質を含む冷却水の直接排出として北太平洋西部に流出し、かつてない難問を海洋科学者に突きつけることとなった。いったい海は何を吸収したのか。微生物から、魚類、人に至るまで、各レベルの海洋生物に対する当面の影響は何か。放射性物質はどこまで広がり、どこへたまるのか。日本からも世界中からも大勢の研究者が動員され、これらの問題に取り組んでいる。

ベッセラーは、ウッズホール海洋学研究所でこの災害の経過を注意深く見守っていた。彼は、MIT/WHOI(マサチューセッツ工科大学/ウッズホール海洋研究所)共同プログラムの大学院生として、冷戦時代の核兵器実験で大西洋に残留していた微量プルトニウムを測定して以来、その経歴のほとんどを海中の放射性同位体研究に費やしている人物である。

博士号取得間近の1986年4月、彼はチェルノブイリ原発事故が起こったことを耳にするなり、すぐさまトルコに足を運び黒海で放射性同位体の試料採取を開始した。それからの数十年、ベッセラーの主な関心は、自然の地球化学現象により海域に存在する放射性物質と、それらの放射性同位体を使って海洋学者が海流を追跡し、海域で起こる過程を理解するための研究手法の開発と改善とに注がれてきた。

海域での試料採取

福島原発の事故経過に伴い、彼は、同原発を運用する東京電力株式会社から発表されたデータを追った。汚染の規模が明らかになるまでしばらくかかった。ついに4月6日、同原発近くの排水口で測定されたセシウム137のレベルが、1m2あたり約6,000万ベクレルという衝撃的な高濃度でピークに達した。

「心配になり始めたのはそのときでした。すでにその時点のレベルで今までにない規模の海洋への放射性物質の流出だと言えます」。

彼はさっそく精力的に当該海域への調査航海の準備を開始し、数週間で、船舶と乗組員、国際科学者チーム、そしてジョージ・アンド・ベティ・ムーア財団からの助成金3億5千万円をかき集めた。調査船カイミカイ・オ・カナロア号をハワイ大学から傭船し、日本領海での試料採取に必要な日本政府の最終許可を待っている段階で、6月6日、2週間の調査航海へと横浜港を発った。日本の船舶が近海で測定を行う一方で、ベッセラーとそのチームは沖合での調査に焦点を合わせた。放射性物質の広域移流と最終的な行き先について、全体像を把握するためである。

5月から6月初旬にかけて、初期に流出したセシウムの大半が沿岸域から外洋域へ拡散するに伴い、沿岸水中のセシウム137濃度は急激に低下した。セシウム137は海水に溶けるため海水と同じように拡散する、と彼は説明する。「流出源を止めれば、セシウム137濃度はすぐに低下します」。

海産物のリスクは?

その後、カイミカイ・オ・カナロア号で試料採取を行ったところ、房総半島沖を北東方向へ流れる強力な黒潮によって、放射性物質の大半が北太平洋の外洋域へ運ばれていたことが確認された。ベッセラーとそのチームは、幅広い海域をカバーして、海水試料、プランクトン、小型魚類を海面および各深度で採取した。得られた結果はいくつかの点で安心材料となった。沖合海域におけるセシウムのレベルは通常より高かったものの、人や動物が被ばくした場合に危険と見なされる基準値よりは低かった。ただし、それらのレベルは、魚類の体内に蓄積されて最終的に海産物として消費される場合には、懸念を生む高さでもあった。

現代、他の国々よりも多量に海産物を食している日本人にとって、このような懸念はいっそう深刻である。福島沖で獲れた魚が汚染されているという報告があり、その周辺の漁場はすみやかに閉鎖された。日本政府は、消費者の安全を保証して不安を和らげようと、すでに世界でも最低レベルにあった魚類の許容放射能基準値をさらに下げて厳しいものとした。しかし、日本の沖合で水揚げされる海産物の大部分がこの厳しい基準を満たしている一方、何か月たっても水揚げされた漁獲物に汚染された魚が何度か捕獲されている。さらに、サイエンス誌2012年10月号で発表された論文においてベッセラーが指摘したように、広範囲の魚類に存在するセシウム濃度レベルは低下していないか、あるいはゆっくりとしか低下していない。これは、セシウムが現在も福島原発から流出しているか、海底の堆積物が汚染されていることを示唆している。

日本の沿岸漁場の一部はいまも閉鎖されたままであり、社会的不安は依然として高い。費用も膨れ上がっており、水産業における損失は2011年だけで1200億~2500億円と推定されている。

長引く問題

福島原発事故から2年経とうとする今も、基本的な疑問が残っている。どれだけの放射性物質が海に流出したのか。それら汚染物質の長期的な行き先、またそれらが海洋環境に及ぼす影響は何か。現在も放射性物質が流出し続けているなら、その源は何であり、いつ止まるのか。日本の海産物は安全なのか。

これらの問題と密接に関連して、放射能と人の健康に関する懸念も浮上している。セシウム137などの長寿命同位体とヨウ素131など急速に崩壊する同位体の双方に関する低レベル被ばくリスクはどのようなものだろうか。

他方、当局の災害対応に関する問題もある。何が事態を悪化させたのか。これまでに学んだことは何か。違う方法でできたことがあるとしたらそれは何か。今も続く安全への懸念と社会に広がる不満の声は、危機下の情報伝達(クライシス・コミュニケーション)の失敗、そして複雑な科学的事実に関する情報、なかでも特にリスクを伴う情報を効果的に伝達するにあたって解決しなければならない課題に対して向けられている。

このような問題の現状に対処するため、ベッセラーと東京大学の植松光夫教授は、2012年11月、東京で2日間のコロキウムを開催した。10か国から招待された約90名の出席者は、海洋・大気科学者、健康物理学の専門家、政策立案者、報道関係者などであった。その目標についてベッセラーは開会挨拶でこう述べた。「警鐘を鳴らすことでもなく、誰かを非難することでもなく、福島で流出した汚染物質と海域におけるそれらの行き先、そしてそれらが海洋生態系と人の健康に及ぼす影響の可能性について、これまでわかっていること、わかっていないことを科学的に見直すのが目標です」。

Oceanus では、この重要な会議、福島の大災害が広域に及ぼした影響、および日本の三重災害から得られる教訓について報告する。

 

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平均的な一般人にとって、「放射能」という言葉には強烈で恐ろしい響きがある。しかし実をいうと、放射性物質は、天然のものも人工のものも私たちの身のまわりにあふれている。そして、特に海洋学者にとっては研究のために重要な道具でもある。海洋学者クローディア・ベナテスネルソン教授は、2012年11月東京で開かれた「海洋放射能汚染に関する国際シンポジウム」の初日発表で、放射能の基礎について概説した。

MIT/WHOI共同プログラムで1999年に博士号を取得し、現在サウスカロライナ大学で海洋科学プログラムのディレクターを務める彼女は、発表の冒頭においてこう説明した。「放射能とは、元素の原子核変化から生じる放射線の自然放射です。私たち放射化学者は、数多くの放射性元素を日頃から利用しています。それらはエネルギー的に不安定な元素であり、不安定さを解消する際に、放射線という形で周囲の環境に余分なエネルギーを放出しています」。

「放射線」には大まかに2つのタイプがある。1)「非電離放射線」は、可視光とマイクロ波を含む。また荷電イオンを生じて原子構造を変化させるほどのエネルギーを持たないため、人の健康に大きな脅威をもたらさない。一方で、2)「電離放射線」は、生体組織の原子構造を変化させる、すなわち細胞を殺し、がんを発生させるおそれがある。そのため、医療用X線や太陽の紫外線には直接さらされないように対策が講じられる。

すべての放射性同位体または放射性核種は、中性子、陽子、電子、または光子などの電離粒子を発して、過剰なエネルギーを失う。その過程で、これらいわゆる親核種は崩壊して、異なる数の陽子と中性子を含んだ娘核種になる。親核種と陽子数が等しい娘核種は、親核種の同位体である。親核種と陽子数が異なる娘核種は親核種と異なる元素であり、化学的性質も異なる。

各変化には固有の半減期がある。放射性同位体の半減期とは、所与の試料に含まれる原子の半分が崩壊するのにかかる時間である。この娘核種は、安定した非放射性元素となる場合もあり、また放射性崩壊系列の別の放射性核種へと崩壊していく場合もある。

たとえば、自然発生するもっとも一般的な放射性核種の1つであるウラン238は、陽子が92個、中性子が146個あり、トリウム234 (陽子90個、中性子144個) に崩壊したのち、プロトアクチニウム234 (陽子91個、中性子143個) に崩壊し、ウラン234

(陽子92個、中性子142個)に崩壊し、トリウム230(陽子90個、中性子140個)に崩壊していく。これら各放射性核種の半減期は、それぞれ44.68億年、24日、1.2分である。そして、これら各元素の反応は化学的に異なる。

「半減期は放射性核種ごとに異なるため、数日から数千年まで様々な時間スケールで起こる多くの海洋過程が進行する時間(速さ)を計る時計として利用できます」と彼女は言う。いわゆる「放射性トレーサー」は、海水の混合速度、地下水が陸から海に流入する速度、そして例えば炭素等の元素が大気中、海中、海底、大陸を循環する速度を解明するうえで役立つ。なお、放射性トレーサーには、海域に何十億年も存在するものもあれば、空間から入射する宇宙線と大気中の気体の相互作用で形成されるものもあり、さらに人間の活動により地球環境にもたらされるものもある。

自然に存在するいくつかの一般的な放射性同位体であるウラン、トリウム、およびカリウムは、常時海中に存在する。ベナテスネルソンによれば、海中に存在するこれらの天然放射性核種は、人工放射性核種の数千倍も大量である。

ウッズホール海洋研究所の海洋化学者ケン・ベッセラー博士は、これを「私たちは放射性物質が含まれた海に生きています」と表現する。それでも人と海洋生物に問題は起こらない。というのも、これらの放射性物質は広大な海に存在しているが、わずかな濃度だからである。ベッセラーはこう付け加える。「危険なのは線量です」。

デイビッド・パチオーリ

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