水産物の安全と施策
何を食べれば安全なのか どうすればわかるのか
福島原発から来た放射性物質が海洋生態系でどのように移動するかを知るには、微小プランクトンの生態を把握することである。しかし、福島原発事故を象徴するようになった巨大生物がいる。太平洋クロマグロである。
他のどの国よりも魚を大量に消費している国、ここ日本で、あるひとつの疑問が社会的関心を集めている。福島原発事故以降に水揚げされた水産物を食べても安全なのだろうか、という問いである。
事故後、福島とその周辺の沿海漁場はすべてただちに閉鎖された。日本政府はその後2週間以内に魚類、貝類・甲殻類、食用海藻に含まれる放射能を監視し始めた。それから1年余り経ち、新たな科学的知見があったわけでも沖合の状態が変化したわけでもなかったが、消費者を安心させるため、政府は、魚類に許容される放射能基準値を1kgあたり500ベクレル(これはすでに世界で最も厳しい基準に入る)から100ベクレルに厳しく引き下げた。
昨秋、ウッズホール海洋研究所のシニアサイエンティストである海洋化学者ケン・ベッセラー博士は、水産庁から発表された1年分のデータを詳細に解析した。2012年10月26日付でサイエンス誌に発表された彼の解析結果によると、福島とその周辺の漁場で捕獲された魚類のほとんどは、消費基準値引き下げ後の安全値より、さらに放射線レベルが低かった。ただし、海底付近に生息する魚種の40%は基準値を超えていた。そして何よりも重要なことは、海水と水産物の放射線レベルは、事故から12か月間、時間と共に低下していかなかったことであった。
ベッセラーらによると、放射能レベルが持続しているのは、放射線源が引き続き環境に漏出している強力な証拠であると言う。自然な状態にある魚類は、新たな放射性セシウムの汚染にさらされない限り、1日あたり約3%と極めて急速なペースでセシウムを体内から失っていく。同時に、ベッセラーは、魚類における放射性物質の残留濃度は全般的に非常に低く、それは米国の基準値よりも、自然に存在する放射線量よりもさらに低い値である、と認識した。
それでも、日本では依然として社会的不安が収まらない。シライトマキバイおよびタコなど影響のない少数の種を除いて、福島県沖の漁場は閉鎖されたままである。不安を掻き立てる異常値を示す、極めて高レベルの放射線を示す魚も時折水揚げされる。11月に東京で開かれた「海洋放射能汚染に関する国際シンポジウム」では、多岐にわたる関係分野から招かれた専門家パネリストが水産物の安全性にかかわる諸問題を協議し、科学の領域を超える活発な議論を交わした。
証拠と認識
読売新聞社の長谷部耕二記者は、幼い子どもを持つ親の放射能への不安が社会から取り除かれないままであると説明した。そのような親たちは、体内からの被ばく(内部被ばく)を恐れて福島やその周辺地域で生産された牛乳などの食品の購入を拒否し、西日本から食材を購入している。「そういった方々は、なぜ汚染食品を食べなければならないのかと疑問に感じています」長谷部はそう述べ、魚の獲れた場所と汚染レベルの測定値を正確に消費者に提供するよう、市場における水産物の表示改善を求めた。
放射線医学総合研究所の放射線生物物理学者、酒井一夫博士は、日々の食生活を通じた放射性物質の摂取を監視する取り組みについて説明した。消費者団体コープふくしまによる調査では、福島県の100世帯において家族1人分の食事を余分に用意してもらい、食品に含まれる放射線量を計測した。その結果、測定可能な量のセシウムが検出されたのはわずか3世帯であり、すべてのサンプルにおいて自然に存在するカリウム40の放射線量の方がはるかに高かった。
3人目のパネリスト、東京慈恵会医科大学の小児腫瘍専門医である浦島充佳准教授は、福島市に隣接する伊達郡桑折町で町民顧問を務めた。災害場所に近い地域からは数千人が退避したが、それらの避難家族は放射性降下物の影響を受ける地域内にとどまったため「多くの人々が今も比較的高い放射線量に曝されながら生活しています」という。
2011年、浦島は、桑折町の園庭・校庭から汚染された表土を除去するよう提言し、その結果、この表土除去で地表からの放射線量は当初の10%まで軽減された。また、浦島は小児および妊婦の被ばくレベルも測定した。被検者の99%は年間被ばく量が2.4ミリシーベルト未満であり、これは世界の大半の人々が自然の環境放射線から受ける線量に等しい。「そのため基本的には大丈夫でした。ですが、懸念しているのはその方々が抱いている恐怖感です」。
町民をさらに安心させるため、浦島は、ホールボディカウンター(全身カウンター)と、食品・水用の計測装置を購入するよう強く呼びかけた。「人々の恐怖をあおる主な要因は、あいまいさです。自分自身の内部被ばく量を機械で測定できれば疑いも晴れます。市場に出回るすべての食品を測定して1kgあたり100ベクレル未満であることを確かめることができるようになれば、非常に安心と感じるでしょう」。
文化的な配慮
皮肉なことに、魚類について放射線の許容基準値を引き下げるという日本政府の決断が、消費者の懸念を緩和するどころか逆に高めてしまったのではないか、という意見がある。ノルウェー生命科学大学の環境化学者および倫理学者であるデボラ・アウトン教授は、関連するエピソードとして、チェルノブイリ事故によってトナカイの肉に含まれる放射性核種の濃度が高まる、という問題に直面したノルウェー政府が、1kgあたり600ベクレルから6,000ベクレルに許容基準値を引き上げる決断を下したことを紹介した。この決定は、トナカイ遊牧に生計を頼る少数民族サーミ人の生活を守るためであった、とアウトンは説明する。
この決断には線量が勘案された。有害性には、肉の放射能レベルだけでなく、肉をどれだけの量、食べるかにも関わる。ノルウェー人は、年に1~2回以上トナカイの肉を食べることはほとんどない。そして、ノルウェー政府の判断はトナカイ肉の売り上げに何の影響も及ぼさなかった。
大局的に見れば「これらの問題を社会が受け入れるかどうかは、「ベクレル」や「シーベルト」だけでは決まらないのです。これは非常に複雑な問題です」とアウトンは言う。そして、この問題について日本ほど複雑な所は他にない、と。コネチカット大学のアレクシス・ダデン教授は、歴史学者の視点から「放射能にかかわる日本の特殊な歴史を考慮した議論が、地域と国家双方のレベルで必要です」と示唆する。
目下、日本の当局は福島沖の漁場を閉鎖したままであり、沿岸に沿って水産物に含まれるセシウムや、その他の放射性核種のレベルを注意深く監視している。
「いいニュースがあります。それは、いくつかの魚種で徐々に放射性核種のレベルが低下しているということです」とベッセラーは言う。「ですが、悪いニュースもあります。特に福島周辺の海底近くに生息する魚の放射能レベルが高いまま一向に下がらないということです。実際、これまでで最も汚染された魚は、2013年1月に福島原発の港湾内で採取されたものです。この状態がいつ変化するかはまだ予測がつきません。というのも、これは原発からのセシウム量、海中におけるセシウムの挙動、そして海底堆積物が今後長期にわたり放射線源であり続けるかどうかに依存するからです」。
水産業の復興
2011年の東日本大震災により、宮城県気仙沼では大型漁船が津波で打ち上げられた。 (写真提供:讀賣新聞社、AP Images、武藤要)
もし漁場を再開できることになったとしても、水産業を立て直すには人々の信用を回復しなければならない。その点で上記パネリストたちの意見は一致した。また同時に、大規模なインフラ再構築も必要になる。
東北大学の環境経済学者、馬奈木俊介准教授は、福島原発事故が日本の水産業に及ぼす経済的損害について概説した。背景として日本の水産業が災害前から数十年間衰退していたこともあわせて説明した。漁獲量は、乱獲の影響で1980年代半ばから減少の一途をたどっており、日本政府が水産業を過剰に援助していることも説明した。「漁師の数が多すぎるのです。助成金がなかったら水産業は生き残れません」。
「これは、今回の震災を説明するにあたって重要な背景です」と馬奈木は言う。建造物が強固であったおかげで、内陸では大きな地震被害は免れた。しかし、津波は予測をはるかに超える場所まで到達した。彼の推定によると、経済的損失総額は日本の国内総生産の5~7%に相当する。農業、林業、水産業の損害は約2兆円と推定され、水産業だけでそのうちの55%を占める。
港湾と船舶の破壊が金銭的損失の大半を占めているが、震災の時点では多過ぎる助成金で港湾が過剰に造られていたといえる状態で、本来なら規模を大幅に縮小すべきであったのだ。そのため、数字だけ見ると誤解を招く。同様に、被害を免れた漁船数は震災前の漁船数の10~50%であると馬奈木は推定し、運用を維持するにはそれは十分な数である、と示唆する。
被災地域の養殖施設と水産加工場が事実上壊滅状態になったことは、いっそう深刻な問題である。そして、帰る家を失った労働者とその家族のための住居を建設する、という差し迫った問題もある。さらに、より長期的には、若い世代を水産業に引きとめなければならないという課題が浮上してくる。
「一般的には、水産業の復興なくして東北の復興なし、と考えられています」。失ったものを取り戻すには、10年間、そして3兆~14兆円かかるであろう、と彼は推定する。
ただし、水産業を震災以前と同じ状態に戻すという復興はすべきではない。その代わり、政府はこの機会に助成金を打ち切り、市場割り当てを策定して、競争力のある新たな水産業を生み出すべきである。これらの提案には、従来の漁業文化を保全したい人々からの抵抗もあるが、水産業が生き残るには新たな環境に適応していかなければならない。放射能汚染が今なお経済に及ぼし続ける悪影響は、年間1千億~2千億円台と予測されるが、福島原発事故のはるか以前から水産業を衰退に追い込んできた非効率性の代償の方が大きいのだ、と彼は主張する。
放射性物質放出に関する海洋政策
福島原発事故はかつてない規模の災害であり、日本においても国際社会においても今後の海洋政策に前例のない影響を及ぼすことになるであろう。
2012年11月に東京で開かれた「海洋放射能汚染に関する国際シンポジウム」において、横浜国立大学で海洋政策を専門とする中原裕幸特任教授は、日本の海洋政策に関する発表を行った。日本の海洋政策は2007年施行の海洋基本法に基づいており、同法では海洋環境の保全から海洋資源の開発まで広い範囲を対象として、海洋基本計画の策定とその5年ごとの見直しを義務付けている。第1回海洋基本計画が2008年4月に閣議決定されたことから、初回の見直しは2013年4月に予定されている。
「現在、災害復興および再生可能エネルギー開発の双方を勘案して、徹底的な審議が行われています」。
福島原発事故に効果的に対処するには、次の5カ年の海洋基本計画に、国内外の組織数十カ所が取得した膨大な環境データを収集、整理、公表するための規則をまず盛り込まなければならない。次に、地方自治体、政府、研究者、産業界が、災害の因果関係を調査しつつ、より高いレベルで協力し合える体制を整えるための規則を含めなければならない。最後に、今回の見直しでは、海洋基本計画に長期的な日本領海監視プログラムを導入しなければならない、と中原は述べる。
東北大学で海洋法を教える西本健太郎准教授は、福島原発事故により国際法の重大な脆弱性がいくつか明らかになった、と述べる。その例として、日本が周辺諸国から強く批判された事例をとりあげた。放射能で汚染された水を意図的に海へ放出した措置である。
2011年4月4日、最初の災害から3週間経過した頃、東京電力株式会社は日本政府の承諾を得て「低レベルの汚染水」約10,000トンを海に放出することを決定した。これは、損傷した第一原子炉の緊急冷却で生じた大量の高濃度汚染水を貯蔵するためのスペースを貯蔵施設に設ける必要があったためである。西本によると「放出量全体と比べて、放射線量は最低限」であったが、この放出が2つの法的問題を生じた。ひとつはこの法律自体に関するもので、もうひとつは日本から近隣諸国への通知が遅れたことである。
上記どちらのケースについても、適用国際法令は拘束力を持たなかった。特に、海洋汚染の防止に関するロンドン条約では放射性物質の海洋投棄を明確に禁じ、その制限を洋上船舶に課しているが、陸からの物質放出については投棄と見なしていないのである。
「これを国際法分野の外で話すと「そんなバカな」という反応が返ってきます。しかし、これには理由があって、諸国家はこういった協定を結びはしますが、自国領域内について規制を受けることには非常に消極的なのです。外海での投棄を禁じることについては意欲的なのですが」。
このような現状を考えると、資源を共有しあう近隣国同士なら合意を取りやすいため、広域協定が好ましい、と西本は提案する。しかし、国連が1974年に採用した「地域海計画」には、現在、陸からの汚染について拘束力のある条約がいくつか含まれているものの、日本周辺の海域を対象としたものはない。
「このタイプの海洋汚染に対して効果的な対策が講じられたことは、これまでありません」と西本は言う。
福島と海シリーズ
2011年の日本
https://www.whoi.edu/know-your-ocean/ocean-topics/pollution/fukushima-radiation/
放射能と海
https://www.whoi.edu/press-room/news-release/ourradioactiveocean/
福島第一原発の事故
放射能が海に及ぼす影響を探る
http://www.whoi.edu/website/fukushima-symposium/overview
フクシマと海」コロキウム、2013年5月9日
https://www.whoi.edu/who-we-are/visit-whoi/events-happenings/morsscolloquium/past-colloquia/morss-fukushima/
福島から太平洋に放出された放射能
2011年6月3~17日の調査航海
https://archives.whoi.edu/expeditions/fukushima_radiation_in_pacific/page.do@pid=68736.html?pid=67796
日本の地震から得た教訓
その原因と結果から、科学者は何を学んだか?
https://www.whoi.edu/oceanus/feature/lessons-from-the-2011-japan-quake/
カフェ・トリウム(ケン・ベッセラー研究室)
https://cafethorium.whoi.edu/
WHOI津波ウェブサイト
http://www.whoi.edu/home/interactive/tsunami/indexEnglish.html
福島沖で答えを探る
史上最悪の放射能流出事故から18か月後の海を、日本の水産業データから読み解く
https://www.whoi.edu/press-room/news-release/fukushima-fish/